ドクトルドックはおいしゃさん



 ドクトルドックはおいしゃさん。
 このまちのかたすみの、ちいさなこやにすんでいる。
 ドクトルドックはおいしゃさん。
 このまちのどんなおいしゃさんも、ドクトルドックにかなわない。
 ドクトルドックはおいしゃさん。
 どんなけがでもびょうきでも、まほうみたいになおしちゃう。
 ドクトルドックはおいしゃさん。
 みんなのねがいをかなえてくれる、すてきなすてきなおいしゃさん。




 おやおや?
 どうやらあたらしいクライアントがやってきたみたい。
 さあみんな、ドクトルドックのおしごとをのぞいてみましょう。




「わたし、ゆうれいがみたいんです」
 ながいかみの、きれいなおねえさんがいいました。
 どうやらこのおねえさんが、あたらしいクライアントみたい。
 ドクトルドックのところにくるかんじゃさんは、みんなみんなくらーいおかお。
 それをえがおにしてかえすのが、ドクトルドックのおしごとなのです。
「ゆうれいですか」
 じょしゅのジャックがびっくりしてききかえしました。
 おねえさんはだまったままです。
 ドクトルドックはジャックのあたまをぽかっといっぱつやりました。
 クライアントのきぶんがわるくなったら、おれいがいっぱいもらえません。
 ジャックはあたまをさすりながら、おとなしくおくちにチャックをすることにしました。
「じょしゅがしつれいいたしました」
「いえ……」
 ドクトルドックはおねえさんにあやまります。
 おねえさんはすぐにゆるしてくれました。
 ジャックもひとあんしんです。
 もしこれで、おねえさんがむっとしたままだったら、ジャックのおくちはほんとにチャックをされてしまうところでした。
 ドクトルドックはやさしくクライアントにといかけます。
「ゆうれいが“みたい”んですか?」
 おねえさんはこくりとうなずきました。
「ゆうれいを“みえなくして”ではなく?」
「いいえ。いいえ。ゆうれいが“みたい”んです」
 おねえさんはくびをよこにふると、ひざのうえにおいたてをじっとみつめました。
 ドクトルドックは「ふぅむ」とつぶやくと、うでをくみました。
 ドクトルドックはおいしゃさんです。すばらしいおいしゃさんです。
 ドクトルドックにできないことなんてありません。
 これはかんがえるふりをしているのです。
 なんでわざわざそんなふりをするのかって?
 それはね、クライアントのいらいにすぐ「はいそうですか、すぐできますよ」といってしまうと、ありがたみがうすれてしまうからです。
 ドクトルドックだって、「ありがとう」のことばはきらいじゃありません。
 できることならいっぱいききたいのです。
 ついでにいっぱいおれいもほしいのです。
 だからドクトルドックはかんがえるふりをします。
 もうあたまのなかでは、どうやってしゅじゅつするか、そのじかんはいぶんまでおわっています。
 かんがえることがあるとしたら、そのひのゆうはんのメニューをおにくにするかおさかなにするかくらいです。
「ふむ……ゆうれいを“みえる”ようにですか……」
 おねえさんはドクトルドックのつぎのことばを、かたずをのんでまっています。
 ゆうはんのメニューをおさかなのおにくにきめたドクトルドックは、おねえさんをあんしんさせるようなえがおで、
「わかりました! やってみましょう!」
 とむねをたたいていいました。




 しゅじゅつのけっか?
 ドクトルドックはおいしゃさん。すてきなすてきなおいしゃさん。
 しっぱいなんて、するはずがありません。




 たくさんのおれいと、はれやかなえがおをのこして、おねえさんはおうちにかえっていきました。
 ドクトルドックはひとつのびをすると、きんこのふたをあけて、おれいのしなをうれしそうにむぞうさになけごみます。
 ぜんぶなげこむと、ドクトルドックはにっこりわらってきんこのふたをしめました。
「せんせい、さすがせんせいですね」
 クライアントをげんかんさきまでみおくったジャックがかえってきました。
「なんのことだい?」
 ドクトルドックはおきにいりのあんらくいすにすわると、はまきをぷかぷかやりはじめました。
「いまのクライアントですよ。ゆうれいをみえるようになんて、どうやったらできるんですか?」
 ジャックはそんけいのまなざしでドクトルドックをみました。
「あのおねえさん、びょうしつで、『すごいわ! ねえ、あなたのうしろにいるおばあさんはだあれ?』とか、『ねえみて! まどのそとにてがういてるの!』とか、うれしそうにいってましたよ。ぼくとしてはこわかったのでやめてほしかったんですけど……」
 ジャックはぶるっとみぶるいしました。
 よっぽどおねえさんのゆうれいのはなしがこわかったのでしょうね。
 ドクトルドックはにこにこわらいながら、ジャックのかおにけむりをふきつけました。
 ごほん。ごほん。ジャックはたまらずせきこみます。
「きみはじつにばかだな」
 ドクトルドックはまたはまきをぷかぷか。
「ゆうれいなんているわけがないだろう?」
「え? だってせんせい、ゆうれいを“みえる”ようにしたんでしょう?」
 ジャックはめをしろくろさせています。
「きみはわたしのじょしゅでありながら、ゆうれいなんぞがいるだなんてしんじているのかい?」
 ドクトルドックはふんとはなをならしました。
「ゆうれいなどというひかがくてきなそんざいなんているわけがなかろう」
「え? え? でもさっきのクライアントは……」
 ドクトルドックはジャックのはなに、けむりをぷうっとふきつけました。
 げほん。げほん。ジャックはたまらずなみだめです。
「あれはただのげんかくだよ。せいかくにいうならさっかくさ」
「なるほど! じゃあほんとにそこにいるわけじゃないんですね!」
「だれがそんなことをいったんだい?」
「え? え? えぇ?」
 ジャックはなにがなんやらちんぷんかんぷんです。
「かのじょがみたものはじつざいするよ。たとえばさっきのはなしにでてきたおばあさん。それはミセス・ジョンソンだね」
 ミセス・ジョンソンはおてつだいさんです。
 えがおのかわいい、ちゃーみんぐなおばあさんで、くらいあんとがいっぱいきて、ジャックだけじゃこころもとないときにきてくれます。
「あれ? あ、そっか。そのひはミセス・ジョンソンきてましたね」
 ジャックははずかしそうにあたまをかきました。
 ジャックはわすれっぽいのがたまにきずですね。
 あれあれ? でもジャックはまだなっとくしてないみたい。
「あ、でもドクトルドック、かのじょはミセス・ジョンソンをしってます」
「そうだね」
「じゃあなんで、『おばあさんはだあれ?』なんて……」
「きみ、ぼくのじょしゅ、やめる?」
 ドクトルドックはにこにこしながらいいました。
 ジャックはええっとこえをあげておどろくと、ごめんなさいごめんなさい、ぼくいっしょうけんめいかんがえますから、とドクトルドックになきつきます。
 まったく、ジャックはなんてばかなんでしょう。
 ドクトルドックはひざのうえでおいおいなきすがるジャックをけってどかすと、はまきでしっしっとおいはらいました。
「わかったからはなれたまえ。きみはしょうしょうあつくるしい」
 そしてへやのすみをはまきでさししめしました。
 ジャックはまだしゃくりあげながらも、なくのをやめて、ドクトルドックのいうとおりのばしょにすわりました。
 そこにはちいさなまるいいすがあって、そこはジャックのとくとうせきでした。
 ジャックはすごすごとせきにつくと、じっとドクトルドックのつぎのことばをまちます。
 ドクトルドックはむらさきいろのけむりをはきだすと、あんらくいすのひじかけにもたれかかるようにしました。
 じゅうしんがななめになったあんらくいすはぎいぎいいいますが、ドクトルドックはきようにバランスをとって、たおれたりなんかしません。
「ときに、なぜきみはうしろにいるはずのミセス・ジョンソンにきづかなかったのかね?」
 ジャックはぶんぶんくびをふりました。
「いいえ。すっかりわすれてましたけど、ぼくはミセス・ジョンソンにきづいてました。かのじょが『あなたのうしろにいるおばあさんはだあれ?』っていうから、てっきり……あ!」
 わすれんぼうでおばかのジャックにもやっとわかったみたいです。
 ドクトルドックはにっこりしました。
「そうさ。きみはありもしないゆうれいをあたまのなかでつくってしまっただけなんだよ。かのじょがさしているものは、ちゃんとそこにあるのに」
「え、でも、かのじょは、なんで……」
「きみとおなじだよ」
 ドクトルドックはもうもうとけむりをはきます。
「わすれてたんだ。それがしっているひとだとおもわなかった。しらないひとがそこにいる。でもきみはだれかこたえてくれない。だったら、きみにはみえてない。つまり、いまじぶんはゆうれいをみている。と、まあそんなふうにおもったわけだよ。かのじょは」
「はあ……では、まどのそとのては?」
「それはもっとかんたんだよ。きみ、そのときまどのそとにはなにがあった?」
「ミセス・ジョンソンがしろいてぶくろをつけて、まどをみがいてました」
「それだよ」
 ドクトルドックは、みじかくなったはまきをはいざらにぽいっとほうりこみました。
 あたらしいはまきをだすと、すかさずジャックがやってきて、はまきにマッチでひをつけました。
「かのじょには、しろいてぶくろしかみえてなかったんだ。ミセス・ジョンソンというそんざいじたいをかのじょはわすれてしまったんだよ」
 ドクトルドックはいきをふかくふかくすいこむと、ジャックにおもいっきりけむりをあびせました。
「まったく。これくらいすぐきづいたらどうだね」
 せきこんでくずおれたジャックの頭を、ドクトルドックはくつのかかとでぐりぐりしました。
 ジャックはいたいいたいとひめいをあげましたが、ドクトルドックはにこにこしながらきくだけでした。
 すこしして、ドクトルドックがそれにあきると、ジャックはすこしうすくなったあたまをさすりながらふとおもいたってしつもんしました。
「でも、ドクトルドック、かのじょはこれからどうなるんでしょう?」
「さあ?」
 ドクトルドックは、あんらくいすにみをあずけたまま、ぎいこぎいことからだをゆらしました。
「『さあ?』って……」
「ひとついえるとしたら、かのじょはこれからもどんどんわすれて、どんどんゆうれいをみるよ」
 あるいはぼくときみもゆうれいになれるかもねぇとドクトルドックはわらいました。
「きっとさいごは、かのじょじしんもゆうれいになれるんじゃないかな?」
 ジャックは、それがどういういみのゆうれいなのか、しばらくかんがえていましたが、やかんのぴーというおとにきづくと、あわててキッチンにむかって、そのままクライアントのことをわすれてしまいました。
「やれやれ。ジャックもそのうちゆうれいをみるのかもね」
 ドクトルドックはそういうと、にやっとわらってあんらくいすからたちあがると、ジャックがあけっぱなしにしたまっくらなドアのむこうへと、とけるようにきえてしまいました。




 ドクトルドックはおいしゃさん。
 このまちのかたすみの、ちいさなこやにすんでいる。
 ドクトルドックはおいしゃさん。
 このまちのどんなおいしゃさんも、ドクトルドックにかなわない。
 ドクトルドックはおいしゃさん。
 どんなけがでもびょうきでも、まほうみたいになおしちゃう。
 ドクトルドックはおいしゃさん。
 みんなのねがいをかなえてくれる、すてきなすてきなおいしゃさん。
 ドクトルドックはおいしゃさん。
 ドクトルドックは、おいしゃさん?




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