鏡男



 鏡男を知ってるかって?
 あーあー、知ってる知ってる。怖い話でしょ? 何て言うんだっけ、何か適当な名前あったわよね、こういう、舞台が現代の怖い話……。え? あ、そうそう、都市伝説都市伝説、それそれ。その都市伝説でしょ? 鏡男って。ん? 別に良いわよ。鏡男の話すれば良いんでしょ? 私も友達からの又聞きだから詳細は間違ってるかも知れないけど、それでも良いなら。あ、何? むしろ違ってたほうが面白い? はーん……あんたがそれでいいってんなら構わないけどさぁ、なんかビミョーにバカにされたかんじ。まあいいけど。




 えーと、あたしの聞いた話だとね、鏡男は鏡から出てくるワケじゃないんだって。あ、ちょっと、それじゃ「鏡男」じゃないとか思ってる? そりゃあたしも話聞いたときそう思ったけどさぁ……。まあいいから続き聞いてよ。そんでね、鏡男は鏡からも当然出てくるんだけど、他にもね、窓ガラスとかからでも出るんだって。ほら、例えばさ、電車とか乗っててトンネルとかに入ったりするじゃん? するとさ、ガラスの向うが真っ暗になって、こっちで見てるあたしらがそれこそ鏡みたいに映るじゃん。そういう風に、鏡と同じ状況になれば鏡男は出てこれるらしいよ。んで、あたしの聞いた話もそうだった。




 その日ね、部活帰りで遅くなった女の子がいたんだって。電車通学で、しかも田舎の路線だからあんまり遅くまでやってなくって、なんとか終電前に乗り込めたんだって。で、田舎路線だって言うのにあいにく席が埋まっちゃっててさ、女の子は仕方なくドアの横でぼーっと窓の外見てたんだって。夜だし田舎だから明かりなんてほとんどなくって、その子はずーっとガラスに映る電車の中の様子を見てたんだって。だらしなく座っていびきかいてるオッサンとか、文庫本読んでる若い女の人とか、色んな人が座席に座ってた。でもね、そこで妙な人を見つけたんだよ、その子。




 そいつはね、その子と同じように逆側のドア横に突っ立ってたんだって。歳は良くわかんないけど、たぶん男。で、なんで歳がわかんなかったかって言うと、黒い帽子に顔を埋めてたからなんだって。そんで、黒いコートを羽織ってんの。黒ずくめって言うの? そんなかんじ。変な人だなって思いながらその子は何となくそいつのことを見てたのね。他に目立つものもないし。そしたらね、なんか視線を感じるんだって。でも誰もその子の方は見ていない。おかしいなって思いながら見続けて……気づいたのよ。見てるのはあいつだって。あいつが、今の私みたいに窓ガラスに映った私を見てるんだって。で、それに気づいた途端、ガラスに映った男がにやって笑った気がしたんだって。




 女の子は怖くなって、動けなくなっちゃって、男がこちらを向いて、少しずつ近づいてくるのをブルブル震えながら見てたんだって。電車の中なんてたかが知れてるでしょ? ほんの数歩で端から端まで着いちゃう。一歩、二歩。男はそこで止って、ごそごそ懐をあさって……草刈り用のね、鎌を取り出したんだって。女の子は怖くてひっと悲鳴を上げたけどそれ以上動けなくってね、ただガタガタ震えながら周りの人が気づいて助けてくれないかって、そのことばっかり祈ってたんだって。男はにやにや笑いながら、また一歩、二歩。とうとうその子の真後ろまで来て、突然すごい力で女の子の肩を引っ張ったんだって。女の子は悲鳴も上げられなかった。このまま殺される……ッ! って思った途端、そのドアが開いて、男も消えたの。丁度駅に着いたところだったのね。




 女の子は力が抜けちゃって、その場にうずくまっちゃった。周りにいた人がびっくりして駅員さんを呼んでその子を介抱してくれた。その周りにいる人のひとりが、あなたひどい顔よ、見てご覧なさいって鏡を差し出した。このへんあり得ないってあたしも思うんだけどさ。んで、うっかり鏡を覗いちゃった女の子は、すぐ後ろにあの黒ずくめの男が立ってるのを見ちゃったんだって。その男はただ一言、良かったなぁって耳元でささやいて、消えちゃったんだって。オチがビミョーだけど、そこそこ面白くない?




え? あたしが知ってるのはこんな話だよ。何? あんたの知ってる話は違うの? へぇ……。ねぇ、せっかくだから聞かせてよ。こんなガラガラの車両で乗り合わせた縁でさ。つかあたし話したんだからあんたも話すのが筋ってもんじゃない? ギブアンドテイクってやつよ。お? 話してくれんの? やったね。




 ……ふーん。ガラスとかでも出てこれるのは一緒か。なになに? へぇ……あんたの知ってる鏡男は見た相手を殺すんじゃなくって、そいつと入れ替わるのか〜。はぁはぁ、なるほどなるほど。ん? わかってるよそれくらい。あんまあたしバカにすんなって。……ったく。それで? へー! 鏡男と入れ替わっちゃった相手を見分ける方法なんてあるんだ! どんなん? あ? それくらい考えてみろだぁ……? あんたそーとーあたしをバカにしてる? ま、バカにされんのは慣れてるからいーけどね。別にね。で? 見分ける方法ねぇ……。ちょっと待ちなさいよ……今考えるから……。っあーー! 眉毛曲がった! ああもう、やり直しじゃない! めんどくさいなぁ……。あぁ? いいよもう、かってに答え言いなよ。……っと、待って待って。分かっちゃった。鏡男って鏡に映って存在できるんだからぁ、あれだ! 左右逆になったりするんじゃない? 正解? 正解でしょ? ……ふっふーん。あたしをバカにするからだよ。あ? 正確には利き手とか性格? はぁん、まぁイイじゃん。逆は逆っしょ。あぁ気分良い〜。ね、正解したんだしなんかおごってよ。ジュースでもお菓子でも良いからさぁ。もうちょっとで化粧も終わるし。化粧って結構重労働なんだよ? あんたら男にはわかんないだろうけどさ。




 あ……ねぇねぇ、あたし面白いことに気づいちゃった。あんたの顔さぁ、どっかで見たことあるなぁーって思ってたんだけど、あたしの元彼にそっくりなんだわ! あいつ乱暴で、あんたみたいに紳士じゃなかったしさぁ、そんな高そうな黒いスーツなんて着たことなかったから気づけなかったんだよねぇ。いっつも汚ねーTシャツにジーパンだったし。はぁー……あいつもこんなんだったらねぇ……。あぁもういいや。気にしないで。……っし、完璧。あたしったら今日もいい女。そう思わない?




 ところでお兄さんさぁ、いつからそこにいたんだっけ?




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